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平成27年度企画展 明治期愛知の広告と博覧会

明治期は広告も急速に発展していきました。平成27年度の企画展では、明治期の新しい広告方法である新聞広告や万国博覧会などによって、愛知県が紹介される様子を中心に展示しました。
デジタル展示室では、当時展示した資料の中から愛知県庁文書を中心に紹介しています。明治期の広告の姿や、愛知県が全国や世界に発信されていく様子をお楽しみください。

江戸から明治の街と広告解説
江戸時代に入り商いが盛んになり、看板や暖簾(のれん)の広告に加え、現在のチラシに当たる引札を配るなどの積極的な広告が始まりました。
明治時代になると、文明開化により欧米文化が輸入された結果、広告方法にも新聞広告や電柱広告、ペンキ塗りの看板などの新しい方法が取り入れられました。
愛知県商品陳列館解説
明治11年(1878)、愛知県令の安場保和の提唱に愛知県内の財界有力者が賛同して、県内の物産と産業上有益な参考品の収集・公開によって産業振興をはかることを目的として、工芸博物館が創設されました。その後は、県内産業の発展に伴い、規模の拡張や組織の改編が行われ、その名称も公立名古屋博物館、愛知県博物館、愛知県商品陳列館、愛知県商品陳列所、愛知県商工館と変化していきます。
ここでは、県営であった愛知県商品陳列館の資料を紹介します。
万国博覧会解説
万国博覧会は複数の国が参加して開催される博覧会で、世界的な技術見本市や技術の成果の発表の場でもあります。日本が明治政府として最初に正式に参加したのは、明治6年(1873)のウィーン万国博覧会でした。
ここでは、明治33年(1900)のパリ万国博覧会、明治37年(1904)のセントルイス万国博覧会の資料を紹介します。
愛知県は全国でも有数の工業県で、愛知県の工業の特徴的な部門は、織物業や陶磁器業、醸造業でした。パリ万国博覧会やセントルイス万国博覧会では、生糸や絞りに七宝焼、セメント、醤油や清酒など、愛知県の特色に当てはまるものが多数出品されています。
  • 1 出品概目録(麦酒)丸三麦酒株式會社 (明治30年・1897)
    1 出品概目録(麦酒)丸三麦酒株式會社 (明治30年・1897)
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  • 2 出品概目録(ヴァイオリン他)鈴木政吉 (明治31年・1898)
    2 出品概目録(ヴァイオリン他)鈴木政吉 (明治31年・1898)
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  • 3 [本目録解説書]清酒 知多郡亀崎町 (明治32年・1899)
    3 [本目録解説書]清酒 知多郡亀崎町 (明治32年・1899)
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  • 4 醸造物・飲料商標見本
    4 醸造物・飲料商標見本
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  • 5 巴里(パリ)萬国大博覧会出品人総代兼視察員之御請書(明治31年・1898)
    5 巴里(パリ)萬国大博覧会出品人総代兼視察員之御請書(明治31年・1898)
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  • 6 聖路易(セントルイス)世界博覧會概況報告(明治38年・1905)
    6 聖路易(セントルイス)世界博覧會概況報告(明治38年・1905)
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関西府県連合共進会解説
明治16年(1883)、第1回関西府県連合共進会が大阪で開かれました。
その後は回を追うごとに盛んになり、鶴舞公園で開催された明治43年(1910)の第10回では、東京を含む3府28県が参加する全国的な催しとなりました。第10回は、開催日数、会場や建物の面積、出品数のどれをとっても旧来の規模を大きく上回り、来場者も当時の名古屋の人口(約40万人)を大きく上回る、260万人に達しました。

1 新聞資料「読売の図」(元治元年 ・1864)

江戸時代には、歌舞伎の人気役者に店や商品についての広告劇を行わせ、その劇を錦絵にするなどの積極的な広告が始まりました。
この資料は、新狂言を案内する錦絵で、調子のよい宣伝文句が並んでいます。

W22-201 新聞資料「読売の図」(湯浅氏収集新聞関連資料)

2 京町通茶屋町 伊藤呉服店

伊藤呉服店は江戸初期に創業し、京都や江戸に進出して尾張藩御用達商人の最高位「三家衆」の一角に位置付けられていました。
暖簾(のれん)は当時の大型店舗にとっては欠かせないもので、看板の役割を果たしていました。下げ看板に代わり、資料の中央付近に描かれているように看板を屋根に上げるようにもなります。
また、暖簾や看板に書かれた「呉服」は絹織物を、「太物」は絹以外の綿織物や麻織物等を指し、「現金掛値なし」は、店頭販売で現金取引を行う方法です。当時の大店は外商中心で売値が高く、この商法は安値を実現できました。

E12-12 尾張名所図会 前編第一巻(郡役所文書)

3 医学館 薬品会

資料には尾張藩の医学校であった医学館が開催した、薬品会の様子が描かれています。出品物の名称が書かれているものだけでも虎皮や鶴、朝鮮人参、化石など、10数種あります。
このような展示は薬品会や本草会、物産会などと呼ばれ、博覧会における動植鉱物や商品見本、文化財展示の起源と考えることができます。

E12-12 尾張名所図会 前編第二巻(郡役所文書)

4 明治・大正の街

明治43年(1910)と大正2年(1913)発行の写真帖の写真で、電柱広告やペンキ塗りの看板などを確認できます。
左上が愛知県庁及び県会議事堂、右上が帝国冷蔵株式会社名古屋冷蔵庫、左下が堀川、右下が名古屋電燈株式会社の写真です。

215.506=1 「愛知県写真帖」明治43年(1910)発行(上部2枚)、
215.506=4 「愛知県冩眞帖」大正2(1913)年発行(下部2枚)

5 時事新報第666号付録 (明治17年・1884)

初期の新聞社では、広告の勧誘は、いやしい行為とされていました。しかし、明治15年(1882)に福沢諭吉が創刊した「時事新報」では広告募集に努め、福沢諭吉自らが広告の効果と必要性を説きました。
この「時事新報」の附録でも、配布が最も手広いので広告を出すのに良いと宣伝しています。

W22-208 時事新報第666号付録(湯浅氏収集新聞関連資料)

1 愛知県商品陳列館写真

愛知県商品陳列館は、明治43年(1910)の第10回関西府県連合共進会開催の年に建設されました。
竣工した建物は、名古屋国技館や名古屋初のデパートメントストアの伊藤呉服店と共に、当時の名古屋の三大建築物の1つと言われました。

215.506=1 「愛知県写真帖」明治43年(1910)発行

2 大正二年十二月愛知縣商品陳列館事務功程報告(大正2年・1913)

愛知県商品陳列館は、ルネサンス様式の第一館を始め、屋外陳列場などを擁しました。新たに植物温室を持ち、前の愛知県博物館から猿面茶席や能楽堂を引き継ぎましたが、商品陳列館という名の通り、商品陳列や物産陳列に重点を置いた施設に変化しました。
この資料からは、開館した20日間で10,313人の来館があり、1日平均で515人が訪れていたことが分かります。

462 商品陳列館(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

3 愛知県商品陳列館報告・発刊の辞(1号:明治44年・1911)

明治44年(1911)5月20日に、県内の商工業や商品状況を他県や海外に紹介する目的で、この「愛知県商品陳列館報告」が創刊されました。この「報告」は後年「愛知商工」に名称を変更します。

671.2=1-1/21 愛知県商品陳列館報告1~ 21号

4 日本重要輸出入品番附 (61号:大正5年・1916)

愛知県商品陳列館は、商品や機械の陳列だけではなく、商工業上の調査や試験、業者の相談役となるなど、全国の陳列館でも数少ない指導機関の機能も備えていました。
ここでは、番附形式で重要輸出入品を紹介しています。

671.2=1-58/69 愛知県商品陳列館報告58~ 69号

5 飲食料品の容器及包装紙展覧会出品 (149号:大正13年・1924)

県内の生産品の見本類だけでなく、県外や海外の商品や参考品でも愛知県の商工業に関わるものは収集して展示したため、県内の商工業者は内外の商工業の状況や商品を知ることができました。
ここでは、飲食料品の容器や包装紙を紹介しています。

671.2=1-146/155 愛知県商品陳列館報告146~155号

1 出品概目録(麦酒)丸三麦酒株式會社 (明治30年・1897)

丸三麦酒株式會社は、明治29年(1896)に半田で設立されたビール製造会社です。出品書類は、当時農商務大臣として臨時博覧会総裁であった大隈重信宛になっています。
パリ博覧会ではカブトビール(加武登麦酒)の銘で出品して、金賞を受賞し、全国で広く知られるようになりました。

455-1 巴里博覧会出品書類(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

2 出品概目録(ヴァイオリン他)鈴木政吉 (明治31年・1898)

名古屋出身の鈴木政吉は、琴や三味線の製造を行っていましたが、ヴァイオリンの研究に没頭し、内国製ヴァイオリンを製造しました。
その後、外国製品に遜色ない製品を作りだして、パリ博覧会では銅賞を受賞しています。

455-2 巴里博覧会出品書類(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

3 [本目録解説書]清酒 知多郡亀崎町 (明治32年・1899)

この資料は、清酒の出品解説書です。知多の清酒は上方と江戸との中間に位置する地域で造られたことから、中国酒と呼ばれて人気を博しました。この「敷島」を含め、清酒は8種類載っています。

456 巴里博覧会本目録解説書(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

4 醸造物・飲料商標見本

この資料は、醸造物等の商標見本で、「3」で紹介した清酒の「敷島」も右上に登場します。

E12-2 醸造物・飲料商標見本(郡役所文書)

5 巴里(パリ)萬国大博覧会出品人総代兼視察員之御請書(明治31年・1898)

この資料からは、愛知県がパリ博覧会で七宝焼の出品人である安藤重兵衛に補助金千円を渡して、出品人総代兼視察員とし、商品の販路拡張の方法や将来輸出の見込みがある商品の改良点などを視察・報告するように命じていることが分かります。

457-2 巴里博覧会出品関係書類(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

6 聖路易(セントルイス)世界博覧會概況報告(明治38年・1905)

この資料は、安藤重兵衛が明治37年(1904)のセントルイス博覧会の際に県へ提出した報告書です。
この博覧会で良く売れた物品名や、日常品が少ないなど日本の出品の欠点などが記されています。

454 博覧会(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

1 事務功程書 (明治42年・1909)

この資料は、東加茂郡役所の事務取扱の記録です。
中には、第10回関西府県連合共進会会期中の西三河各郡分担の事務所詰め当番割りや郡委員の旅費支給規程、出品点数町村別一覧表、受賞者調などが記載されていて、関西府県連合共進会の開催に郡役所が協力していたことが分かります。

E17-3 事務功程書(郡役所文書)

2 出品台帳 第壱区 (明治43年・1910)

出品物は約13万点にも及び、種類も当時の産業生産物のほとんど全てに渡ります。
この資料はその中でも繊維工業関係の出品台帳です。友染縮緬(ゆうぜんちりめん)や浴衣地、木綿などの品名や出品人、代価等が記載されています。

E3-70 [第十回関西府県連合共進会]出品台帳 第壱区(愛知県庁文書)

3 自第一部至第二部功労者調(明治43年・1910)

この資料には、功労者として豊田佐吉が載っています。明治42年(1909)までの発明や特許が千を超えることや海外の特許も取得し、欧米製品に匹敵する製品になったこと、東洋に輸出されていること等が述べられ、「古今稀にみる所の偉人なり」とたたえています。
他にも、愛知時計会社や中埜酢店の中埜又左衛門、七宝焼の安藤重兵衛、バイオリン製造の鈴木政吉、九重味醂の石川八郎治などが記載されています。

449-1 第10回関西共進会農商工功労者調(愛知県庁文書)原本:国文学研究資料館所蔵

4 第十回関西府県連合共進会絵葉書(明治43年・1910)

第10回関西府県連合共進会では、この4枚の絵葉書のように近世ルネサンス式が中心の丸屋根のついたパビリオンが並んでいました。

606.9=6 第十回関西府県連合共進会絵葉書

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