基本情報
資料名 | 【67】慶応3年11月 他国への穀物積出禁止緩和につき旗本菅沼家役所より知行所村々宛て廻状 |
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資料群名 | 新城市榊原淳一郎氏収集資料(B730008-001) |
請求番号/資料名 | 03-00088(56)/ (触書) |
詳細情報 |
(触書) |
解説
この史料は、慶応3(1867)年11月19日に交代寄合旗本の新城菅沼家役所から支配村々へ出された廻状の写しです。前年の11月中に諸穀類の他国への積出しを禁ずる触れが出されていましたが、今年の秋は諸作豊熟で他国への積出しも問題ないことが、幕府の赤坂役所(現豊川市)から通達され、それが菅沼家を通じて下平井村(現新城市)から三蔵子村(さんぞうごむら/現豊川市)までの知行所村々に伝えられたのです。
前年の慶応2年は全国的にかなり深刻な凶作であり、そうした場合に穀留(穀物類の領地外への流通制限、津留(つどめ))の措置がしばしば取られます。これにより物価騰貴が起こることもあるのですが、幕府は三河国内の食料供給による経済の安定をまず考えていたことがうかがえます。慶応3年11月はすでに大政奉還がなされ、政治の主導権を従来どおり旧幕府中心の勢力が握るのか、あるいは薩長を中心とした勢力が握るのか、激しい権力闘争が起きていました。統治権が朝廷に返還された直後であっても、経済を回すための方策が指示されていたことがわかる史料です。
なお、交代寄合については【43】をご覧ください。
※この解説文は、愛知県立大学の学生が博物館学の講義の際に作成した解説文を基に作成しています。