基本情報
資料名 | 【54】文久3年6月 宗門改実施につき旗本菅沼家役人より知行所村々宛て廻状 |
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資料群名 | 新城市榊原淳一郎氏収集資料(B730008-001) |
請求番号/資料名 | 03-00086(43)/ (触書) |
詳細情報 |
(触書) |
解説
この史料は、文久3(1863)年6月24日、交代寄合旗本の新城菅沼家の役人より知行所の徳定村(とくさだむら)から川田村(ともに現新城市)までの村々へ宛てられた廻状の写しです。明後26日に宗門改(しゅうもんあらため)を行うため坂田勝太郎と竹下喜代治の両名が徳定村の徳定寺(とくじょうじ)に出向くことを村々として心得て、寺側にも通知せよとしています。
宗門改は、江戸幕府がキリシタンを摘発するために始めた制度で、後には宗門改によって宗門人別改帳が作成されるようになりました。宗門人別改帳は村ごとに作成された戸口の基礎台帳です。この史料では、宗門改に際して徳定寺へ通知をしていることから、当該地域で徳定寺が果たした役割の大きさがうかがえます。
なお、史料の末尾にあるように、この廻状は昼8つ時(午後2時頃)に山村(現新城市)から西杉山村(現新城市)に伝えられ、すぐに東杉山村(現新城市)に順達されました。
なお、交代寄合については【43】をご覧ください。
※この解説文は、愛知県立大学の学生が博物館学の講義の際に作成した解説文を基に作成しています。